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 ここまで見に来てくださってありがとうございます。 詳しい自己紹介です(サイトの内容については、「SUMMARY」をご覧ください)。

 筆者は、天然パーマとアゴヒゲのほかは何の特徴も無い、何ごとも「ほどほど」を旨とする典型的勤め人です。

 

 出身は東京都。学生時代を都内で過ごし、千代田区某所で建築設備系の技術的な仕事に就いて早三十数年。住まいも何度か引っ越してきましたがやはり都内ばかりで、数年前に広島に不承不承単身赴任して初めて都外の生活を経験しました(’16年に定年退職した後も、やはり都内は品川区の某企業で働いています)。

 それでも割と出先の多い仕事だったせいか、公私を含め47都道府県のうち足を踏み入れたことの無いのは滋賀県だけになりました。もっとも乗り物から足を降ろせばOKというゆるい自己ルール内ですから全国踏破は常に目前。琵琶湖を眺めながら有名な鮒寿司を食べるのを楽しみにしています(笑)。

 

一方、海外経験は乏しいです。

 …が、タイのバンコクには6か月間だけ赴任したことがありまして、21世紀を異国の地で迎えたことが懐かしく思い出されます。丁度季節は乾季だったので連日強烈な日差しを浴び、世界一の日常食といわれるタイ料理を延々食べ続けた結果、食べ物の好みが逆転してしまい、それまで苦手だった辛い食べ物、スパイシーな食べ物が大好きになりました。環境とは、人の嗜好をも変えてしまうものらしいです(食い意地が張っていただけかも)。

 

IT関係では、あまり自慢できることがありません。

 一応技術職にも関わらず若い頃からコンピューター関係には全然関心が無く、職場では初期のOA機器導入に関わったり、往年のIBM5550でMultiplanを動かしたりして少しは触れて来ましたが、所詮は仕事の範囲、悪く言えば飯の種(そういえば昔のPCは,よくフリーズしましたっけ)。

 ところが、2006年50歳になってふとした思いつきでこのサイトを開設してみたところ、俄然ITデバイスとインターネットに興味が向く様になり、今となっては生活の一部と言っていいほど深く馴染んでいます。2000年代といえばちょうどブログの黎明から普及期でしたから、時代に背中を押されたって感じですね。

 何かと変化の早い昨今、SNSの隆盛、PCからスマホ・タブレットへのデバイスの進化、はたまたウェアラブル、IoT等々、世の中の速い変化にどうにか付いて行けるのは、本サイト運営の派生効果と言えるでしょう。HTML、CSSも多少は理解できるようになり、視野が広がって良かったと思っています。

 

 前置きはこれくらいにして、以下【履歴書】と【趣味の世界】に筆者のバックグラウンドをまとめました。

 家族も知らない一個人の全体像をネットを通じて世の中に公表する・・・、これぞIT時代の醍醐味ではないでしょうか。本サイトの筆者は、はたしてSなのかMなのか。

えっ?
どこの馬の骨とも分からんただのオッサンに興味ない?

・・・ご、ごもっとも(汗)。

   
【履歴書】
氏名(HN) hideandseek
(HNの変遷についてはこちらへ⇒“ハンドルネーム”
作者近影
2008年12月
生年月日 1956年某月某日
生まれたところ 東京都荒川区(都電、トロリーバス、駄菓子屋、もんじゃ焼き、紙芝居で育つ)
住んだところ 東京都荒川区・世田谷区・目黒区, 広島市東区・中区,タイ王国バンコク
職業 建築設備関係
資格・免許 建築設備士、一級管工事施工管理技士、第3種冷凍機械責任者、空衛学会設備士,英検2級、カラーコーディネーター3級、普通運転免許
家族構成 本人と家内、長女、長男(投稿文では家人B、C、Dとしています)
血液型 A型(周りは典型と言う。本人も否定出来ない)
好きな食べ物 (七五調でどうぞ)
ホヤ、キムチ、カキ、ゴマ、コロッケ、唐辛子、柿ピー、赤飯、豆かん、伊予柑
好きな料理

蕎麦、タイ料理、中華料理

好きな場所 神社仏閣、昼間の墓地、立食い蕎麦屋、紅茶のおいしい喫茶店、家電量販店、美術館、博物館、図書館、書店
好きな映画 12モンキーズブレードランナーフィフス・エレメント第5惑星(エネミー・マイン)シックス・センス
好きな言葉 「ほどほど」、「臨機応変」 、「出たとこ勝負」
苦手なもの 煙草、コーヒー、ジーンズ、魚の皮、伊達巻、人付き合い
尊敬する音楽家 J.S.バッハ、H.ヴィラ=ロボス、マイルス・デイビス、アントニオ・カルロス・ジョビン、アンドレス・セゴビア、ローラン・ディアンス、山下和仁、佐藤弘和
愛読書 マイナス・ゼロ(広瀬正)、蒲生邸事件(宮部みゆき)、地下鉄に乗って(浅田次郎)、テロリストのパラソル(藤原伊織)、時砂の王(小川一水)
性格  そこそこ柔軟さはあるが基本は堅い。一方で実直さといい加減さの同居という矛盾を抱える。見かけによらずせっかちで気が短い。
小さな自慢  1964.10.10東京オリンピック開会式の日。小学2年生だった筆者は、よく晴れた空に5機編隊のブルーインパルスがスモークで描く五輪の輪を下町荒川区の狭い路地から見ていた。
 曇り一つない無限のキャンバスに無音でゆっくりと描かれて行くオリンピックの象徴。夢のある時代だった。
 呆けたように口を開けて空を見上げる筆者の脇を走り抜けて行ったのは、材木を積んでどこかの工事現場に向かうマツダのオート三輪だった・・・、かもしれない。

 

【趣味の世界】
音楽  小学生時代に、大橋巨泉のヒットチャート番組「ビートポップス」とそのテーマ曲「ひとりぼっちの子猫ちゃん」で洋楽に目覚める。
 Chicago、Blood Sweat&Tears、Chase()に心酔。フュージョンなどを通過した後、ジャズの世界に迷い込んでからはマイルス・デイビス、スタン・ゲッツ、ポール・デスモンドに傾倒する。
 また、Sergio Mendesからボサノバにも興味を持ち、現在ではブラジル音楽のつまみ食いも始めている。
ギター  学生時代に部活で弾き始め、遠い昔はバッハ、ヴァイス、ヴィラ=ロボスなどを愛奏曲としたが、もともと他人に聴かせることは念頭にないため、実力の程は定かでない。
 近年は技術面での焦りからか、クラシックからは距離を置き、ジャズやボサノバを弾き始めたとの噂もあるが、思いつきの可能性が大で継続性は疑わしい。
植物  40代に入り何を思ったか突然、盆栽を始める。剪定、施肥を排し、針金も用いることなく専ら放置主義による培養を得意とし、古さに価値を見いだすのが常の盆栽界では珍しくコストパフォーマンスを最重要視する。
 最近は、店屋で買った果物の種子、拾った団栗などの実生に力を入れるほか、街中での苔の収拾にも執念を見せ、人知れない採取の穴場探索に余念がない。
苔好き  今は昔、苔取りの翁といふものありけり。都会にまじりて苔をとりつつ、よろづの鉢に貼り付けり。名をば、はいどあんどしいくとなむいひける。
自転車  MTBの機能至上主義的なスタイルを嫌い、ヨーロッパの伝統様式であるスポルティーフ、ランドナーなどをこよなく愛し、TOEIルネ・エルスユーレーサンプレックスなどのキーワードには、現在も過剰に反応する。
 青年期には、愛車ケルビム号を駆り輪行による峠越え、担ぎもこなしたが、最近は諸般の事情(大人の事情ともいう)によりダイクマ印軽快車を操り、特売日にはチラシをくわえ鬼気迫る表情で武蔵小山商店街パルムを疾走する姿が見かけられるという。
カメラ・写真  「光と影」、「絵画の如く」なんちゃって、身の周りの風景を節操無く撮り続けるも、いまいち対象が絞りきれず、題材に事欠くと店舗や街頭のディスプレイを、あたかも己が作品の如く撮影しブログに貼り付ける悪癖がある。
 10代から数えるに4社7種の機材と関わるが、加齢による筋力、体力の衰えと共に小型軽量こそカメラの命と悟るに至り、箪笥の肥しと化したデジタル一眼と交換レンズの活用が目下の懸案である。
熱帯魚  40代でガージナルテトラ,ラミーノーズほかの淡水魚と,数種類の水草を45cm水槽で培養しアクアリウムに開眼する。
 突然の海外赴任により断腸の思いで継続を断念したが、帰国後は水草を中心とした水槽の再構築を目論みながら現在もアクアショップ巡りを続けている。目指すコンセプトは「水を切り取る」。
 ビールを茶代わりとし、ウヰスキー、焼酎、泡盛などの蒸留酒を最も得意とするが、清酒、ワインなどの醸造酒も辛うじて守備範囲とする。
 量的には口ほどでもなく世間並みとの風評なるも、「晩酌は日々の句読点」をモットーとするだけに休肝日を潔しとしない。
 加齢と共に銘柄の質的向上をも目指すらしく、近年はシングルモルト道に活路を見い出したとの噂がある。
パソコン  学生時代、コンピュータ=馬鹿でかい箱と信じていたため、電算機室のエアコンをHITAC10と言い張り周囲の失笑を買って以来、コンピュータには背を向けた人生を歩む。
 30代に入り職業上の必要に迫られ、日本語DOS仕様のIBM5550でMultiplan、初期のワープロ等を操り始め、40代後半でようやく自宅にSONYのVAIOを導入。
 2006年には、世間並みにパーソナルユースのノートパソコンを調達し「よくわからん」などと言いつつこのブログを開設した。

イラストの作成にはダンさんのサイトの「似顔絵ジェネレーター」を使わせていただきました。

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