最近、自分の荷物を整理していたら、すっかり黄ばんだ新聞の切り抜きが出てきましてね。
身近にあった朝日新聞、毎日新聞のどちらかで、いつ頃の切り抜きかはまったく記憶にありません。
コラム名の「出あいの風景」をWebで調べてみても何も出てきません。内容とキーワードから40年以上前のものと推測しました。
コラムのテーマは榎本健一、日本の喜劇王といわれたエノケンさんです。
執筆は、アニメーション研究家、映画評論家のおかだえみこさん。
当時の赤坂草月ホールに晩年のエノケンが現れ、主演した映画を会場のファンとともに鑑賞し、終演後は温かいスタンディンオベーションに送られながら粋に去って行ったというお話です。
とても素敵なコラムなので、ぜひご一読ください。
エノケンについては、戦前から戦後にかけて一世を風靡した喜劇役者で、その昔、母親が「足を切っちゃってかわいそう」などと言っていたのをおぼえている程度です。
その実像はほとんど知りません。
また、書き手のおかだえみこさん(アニメーション研究家、映画評論家)についても、失礼ながら今に至るまでまったく存じ上げませんでした。
それなのに、なぜこの切り抜きが長い間取ってあったのか。
それはひとえに、「絵が浮かぶコラム」であることに尽きます。
心に浮かんだ美しい絵の記憶が、いまだに持続しているから捨てられなかったのです。
特に心惹かれるのは、エノケンが会場を去っていく場面。
「ロビーからの光を背負い、半ば影となった喜劇王は、そのまま一枚の絵であった」
(コラムより引用)
自分が主演した映画の上映を観終わり、見送るファンの声援に笑顔で答える白いスーツの伊達男。
ホールで拍手する多くの人々には、文字どおり身体を張って喜劇界を引っ張ってきた苦労人の人生が、舞台や映画で八面六臂の活躍をする姿が、眩いロビーの光に透けて見えたことでしょう。
そして、たまたまその時、ホールの中でその場面に立ち合い、正にその絵のようなシーンを切り取って文章に残した人がいた。
なんという幸運でしょう。
おかげ様で、往年の喜劇役者の栄光を知らなかった人間が、数十年経った今でも間近に思い描くことができるのです。
締めとして、エノケンさんとおかだえみこさんに敬意を表して若輩から一言。
「四十数年前、このコラムの読者の一人だったことを、筆者は誇りに思っています」