フランク・パターソンをご存知ですか。
イギリスの港町ポーツマス生まれのペン画家、今風に言えばイラストレーターで、1890年頃から約60年に渡って作家として活動し、母国や大陸ヨーロッパの田園風景と自転車を題材にして生涯で2万数千点もの作品を残しました。
今日は、孤高のペン画家フランク・パターソンの作品から2点をピックアップし、題材になった場所の現在の風景を探してみようと思います。
なお、各作品は手元の画集から引用しました。
◆ 「サイクリング・ユートピア」フランク・パターソン画集 / 株式会社文遊社
1.プロフィール
まず、その人物像。
フランク・パターソン / Frank Patterson
1871年、英国ポーツマスに生まれる。
幼い頃から自然やスケッチを好み、地元の美術学校を卒業後ロンドンの広告スタジオ勤務を経て自身も愛好した自転車の雑誌『Cycling』と契約。
片田舎サセックスのペア・ツリー・ファームに住み、同誌にだけでも生涯5000点におよぶ独特のスタイルのペン画を描いた。
その自給自足の暮らしぶりとともに、サイクリングの世界に異色の地位を占める。1952没。
1871(明治3)年生まれ、1952(昭和27)年没といえば筆者の祖父母と同じ世代です。おそらくWWⅠ、Ⅱ両方をリアルタイムで経験している方でしょう。
「サイクリング好きなペン画家」という現在でも充分異色と言える存在が、時代をどう生きたのか大いに興味が湧きますが、画集の略歴にあるサセックス州の片田舎の廃屋を修繕して愛妻とともに自給自足に近い生活をおくっていたというエピソードには、当時普及し始めた自動車を嫌い自転車に傾倒していた彼の自然志向のキャラクターがよく現れていると思います。
ちなみに筆者とパターソンの関わりは、別稿に書きました。
◆ フランク・パターソンの記事を書き途中 / 本稿はイントロ
2.Bramber Castle付近
一枚目です。
右上に”SUSSEX”と書き込みがあるので、彼の当時の住まいからそう遠くないところと想像しました。一日で行って帰ってこられる近場をポタリングする姿でしょうか。
さっそくGoogleマップで探すと、右側の赤い屋根の連なる家々が目印になり、割と簡単にこの場所が見つかりました。
このストリートビューから道路の舗装と路駐の車、電柱と電線を消して、枯れ枝を山積みした台車と村人を置けば、パターソンの絵の出来上がり。町並みはほとんど変わっていません。
彼は、悲しいかな怪我のため35歳で自転車に乗れなくなっているので、この絵をもし記憶力だけで描いたとすれば驚異だし、現場で実際にスケッチしたものとしてもその表現力、描写力は生半可ではありません。
ちなみに左側の格子壁の建物は、現役でホテルとレストランを兼ねるSt Mary’s House & Gardensで、1450年建築の木骨造(Timber-Framing)だそうです。
1400年代半ばといえば日本はもうすぐ戦国時代に突入……といった時期ですから、改築せず実用に供されているとすれば、式年遷宮のような文化を持つ日本人には驚き以外の何ものでもないですね。
地図は、こんな感じ。
位置としてはロンドン南方約70kmの英国最南部で、さらに南の海岸線まで7〜8kmの小さな町。一帯はBranber Castleを目玉として、The Streetという通りに沿ってちょっとした観光地になっているようです。
……ということで上のペン画に解説をつけるとすれば、「英国南部Bramber Castle / The StreetのSt Mary’s House & Gardens付近、家路を急ぐパターソン」でいかがでしょう。
3.CORFE CASTLE付近
もう一枚はこれ。
グループツーリングを描いたものです。
これもサインのように書かれた”CORFE CASTLE”で探します。
1000年前の城跡付近ということでやはり観光地になっているらしく、こちらもほぼ一発で探し出すことが出来ました。
欲を言えばあと2〜3クリック分、近寄りたかったところですが、木々の茂みでCORFE CASTLEが隠れてしまうのと、農村地区らしく複数のトラクターで道路が埋まっていたので断念w
ちょうどサイクリストが入っているビューだったのは何かの因縁かもしれません。
また、絵の方で道路の正面に見えている小屋はたぶんこれ|Vineyard Farm Cottage
いつ頃の建物かは分かりませんが宿泊施設としてやはり現役で使われていて、最短で予約可能なのは11月末でした。人気のようです。
料金は2泊で€351とのことで、外観での判断は禁物ですがCPはよく分かりません(汗)。
地図はこんな感じ。
パターソンの生まれ故郷ポーツマスの西方約60km、南側の海岸線から5kmほどのところです。
居住地のSUSSEXからは直線距離でも120〜130kmあるので、奥様か友人たちと観光がてら泊付きで走りに行ったときの一枚かもしれませんね。
……ということで、やはり解説をつけるとすれば、「英国南部Corfe Castle付近、仲間たちと古代遺跡を目指す」といったところでしょう。
4.まとめ
せっかく記事にするのでなるべく数多く取り上げたかったのですが、意外に難しくて時間切れになって2か所で断念しました。
そんなわずかなサンプル数と乏しい知識で、外国の人や行ったこともない国を総括的に語るのは気が引けるけど、今回改めて見たパターソンのペン画とGoogleマップの田園風景から感じたことを挙げてみます。
- 彼の表現力、描写力と創作のエネルギー
- 自国の自然と自転車に注がれた愛情
- 自転車と相性の良い比較的平坦な国土
- 古いものに価値を見出し大切にする文化
やはりパターソンは、自分が生まれ育った国の自然と自転車を家族と同じように、あるいはそれ以上に愛していたのだと思います。
その背景には、自然に親しむ手段として自転車という乗り物は最適な相棒だった、日本の急峻な山々とは全く違う緩やかな丘陵地形が多いイギリスの国土もまた自転車と相性が良かった、歴史ある国は訪れるに値する史跡や自然に恵まれていた、というような好条件がありました。
そこにフランク・パターソンという才能と情熱にあふれた人が現れて、結果として数多くの愛すべきペン画が生み出され、そのおかげで現代の我々はそれらを愛で親しみ、また刺激をもらうことが出来る、……そんなふうに思います。
多くの人に知ってもらいたい一方、自転車好きだけ知っていればいいじゃん、と囲い込みたくもなったりする不思議な魅力を持つパターソンとそのペン画。
昨年、手に入れた「サイクリング・ユートピア」は筆者の宝物になっています。
大切にしなくちゃ……