父から聞いた私の曾々爺さんの話。
ワシの曾爺さんは、相当な酒飲みだったらしい。
ある寒い雪の日に、一里離れた麓の町に飲みに出かけた。そりゃ明治の話だ。まして埼玉の在だし、町に出ても居酒屋などという気の利いたものはない。だが、よくしたもんで、その時分は造り酒屋が半端な酒を店先で飲ませていたんだ。
酒が進むうちに曾爺さんは酒豪自慢を始めた。
「オレは、一升酒を飲んでも酔わん!」
それを聞いていた酒屋の番頭はからかい半分に言った。「一升酒を飲んで、そこにある米俵を担いで、あんたの家まで持って帰ったら認めてやらぁ!」
「お~、よく言った。やってやるわい!その代わり、持って帰った米俵は、オレのもんだ!」売り言葉に買い言葉。米俵の重さは16貫、約60kgだ。
曾爺さん、一升枡の清酒を一気に飲み干し、やおら土間に転がっていた米俵を肩に担ぎ上げる。そして片手に番傘、流行りの高下駄も軽やかに、雪の中を家に向かって戻り始めた。
番頭は、最初はフンと鼻で笑って、どうせ店からいくらも行かないうちに音を上げるだろうと高をくくっていたが、曾爺さんの後姿は、雪の中をどんどん遠ざかって行く。こりゃ、ひょっとして・・・、いや途中で倒れられたらかなわんと、後から付いて行くことにした。
しんしんと降り続く雪。一里の道のり。登り坂。二の字二の字の下駄の跡は、とうとう途切れることがなかった。雪を被った米俵が、曾爺さんの家に担ぎ込まれる。遅れて青い顔で駆け込む番頭。
「酒代は棒引きにするから、米俵だけはどうかご勘弁を」
平謝りに謝って、なんとか商売ものの米俵は取り返したが、酒代は番頭の手当てから差っ引かれ、とんだ赤っ恥だったとさ。
そんな曾々爺さんだったらしいのですが、どこでどう血筋が途切れたのか、私の父は全く酒が飲めません。甘酒を二口、三口飲んだだけで茹で蛸のように真っ赤になります。
因みに私は、下戸の父と、母方のアルコール分解酵素のたっぷり入った血がミックスされたハーフでありまして、酒に関しては中庸、程々、お付き合い程度。
ただ、それだけの話です。