57年ぶり地元開催のTokyo2020が一つの転換点になることを強く希望 / グダグダは本稿だけでいい

Tokyo2020の開会式がいよいよ3日後に迫ってきました。

ここ数日のオリンピック関連のニュースを見ていると、来日したアスリートから感染者が出始めているとか、海外ジャーナリストが本来できないはずの街歩きをしているとか、開会式の作曲担当者が今日になって辞任を表明したとか、スポンサー企業トヨタの社長ほか関係者が開会式の出席を見送ったと報道されるなど、開会前にしてすでにグダグダの兆候があるわけで、筆者自身も内心(強行開催する意義っていったい……)と未だにスッキリしません。

 

でも、自国開催のオリンピックが見られるのはこれが最後だし、どっち付かずの態度は本意ではないので、今日は肯定の立場、前向きな姿勢でオリパラへの希望を書きます。

 

photo / pixabay

 

このブログで過去に「日本の転換点」という言葉を一度だけ使ったことがあります。

それは東日本大震災の地震発生一週間後にアップした記事でした。

 

一年遅れで開催されるTokyo2020の開会式を目前に控えた今、再びその言葉を使いたくなっています。

 

 

ところで、世界の中で現在の日本の立ち位置はといえば……

労働人口の減少に歯止めがかからす、経済面では気がつけば世界の先頭集団から遅れ始め、安全保障上はいつの間にか自由主義防衛ラインの最前線に立っていました。

 

その他にも、

  • COVID-19のワクチンを適時に自国開発出来なかった……
  • 役所がコロナの緊急連絡を紙FAXでやり取りしている……
  • 交付開始5年のマイナンバーカード交付率が未だ30%台の……
  • 次世代自動車の開発で諸外国の異業種と覇権を争っている……
  • いつまでたっても低レベルな古参マスコミが幅を利かせる……
  • コミュニケーション能力の低い政治家が国を動かしている……

 

いろいろあり過ぎですね。それも目先ばかりでなく国家百年の計レベルの問題が山済みです。

 

スポーツ競技に浮かれているような場合じゃない⁉

 

 

そこは否です。

巷で一喜一憂というように、憂いているだけでは人間は保ちません。

 

楽観的すぎるかもしれませんが、不安や懸念は考え方を変えれば次の段階へのモチベーションにもなるものです。

人も国家も希望や努力目標があって初めて成長、発展するのではないでしょうか。

 

 

……ということで筆者としては、

新型コロナ禍が収束しない中で挙行される今回の巨大スポーツイベントが、国外からは「さすが日本」「日本人はやり切った」と評され、国内は「あれが契機だった」「日本の転換点だった」と振り返えれるようなものになれば……、そんな前向きな気持ちで観戦しようと思います。

 

併せて、日本人選手一人一人がこれまで苦労して蓄えて来た力を存分に発揮し、それに見合う成績を収めることを祈ります。


 

以上です。

 

最後に一つだけ。

一番暑い時期にそれぞれの現場で働くスタッフの皆さん、お疲れさまです。

どんな展開が待っているのか想像できない大会ではありますが、気持ち良く競技が見られるのは皆さんのお陰です。

無事に業務を終えられますようお祈りしています。

 

 

 

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