残暑お見舞い申し上げます。9月に入っても暑いですね。
気象庁も認めた異常気象だったこの夏ですが、読書の方は巡り合わせ良く私好みの小説に出会い、8月は5冊読めました。荒川区の図書館、素敵です。
- 内田康夫「靖国への帰還」★★★★★
- 久しぶりに個人的ツボにピッタリはまった作品。一気に読んでしまった。
太平洋戦争末期。東京に飛来したB29の編隊を迎撃中の戦闘機月光が突然、平成19年の日本にタイムスリップする。搭乗員の武者滋は、戦後の豊かさを謳歌する一方、平和にかまけて退廃的な日々を送る現代人に向かい靖国神社に祀られた英霊の代弁を志すが・・・
靖国問題はさて置き、私は常々、時間旅行ものの小説は、この世を俯瞰する「神の視点」だと思っている。武者が過去に残してきた少女との思い出は、六十数年の時を越えた平成の世に意外な形で残されていた。
あ~、これだけでダメ。文句なく星五つ。 - 大沼紀子「真夜中のパン屋さん」★★★☆☆
- 天然ボケっぽい暮林と仕事に関してはストイックな弘基の二人が、深夜にだけ開けるパン屋さん「ブランジェリー・クレバヤシ」。何かが足りなくてどこか歪んだ客達が、夜中に焼ける香ばしいパンの香りに誘われて集まってくる。
短編、連作の構成と、終盤にかけて徐々に明かされる暮林と弘基の過去からは続編が予想されるが、全般にとても軽め。スタバで息抜きには良いかもしれない。 - 北村薫「朝霧」★★★★☆
- ご存知「円紫師匠と私」シリーズ第五作。
前作「六の宮の姫君」が余りにも文学寄りで専門的だったので、勿体なくも斜め読みしてしまったトラウマの中で読んだが、第三作までの日常の謎解き、それもより洗練された形に戻っていたのでホッとした。
それにしても何と高尚な文章であることか。読み手が試される緊張感と、この作品を十分に味わい尽くせない焦燥感の中で読了した。
本作で大学を卒業し出版社で働き始めた「私」。五作目にして訪れた出会いの予感が次作でどのような展開を見せるのか、とても楽しみである。
娘の成長を慈しむ父親の想いと言ったら言い過ぎか。 - 道尾秀介「カラスの親指」★★★★☆
- 詐欺師の話、仲間の仇を取る大芝居、最後に騙されるのはオーディエンス。映画「スティング」を思い出し目新しさは感じられなかったが、平易な文体もあって充分に楽しめた。
以前読んだベストセラー「向日葵の咲かない夏」のエキセントリックなイメージは微塵も感じられず、まだまだ若いしこれから先が楽しみな作家である(評論家か)。 - 森見登美彦「ペンギン・ハイウェイ」★★★★★
- 少し生意気で理屈っぽいけど、何でも大判ノートに書き留めて熱心に研究するアオヤマ少年、小学4年生。彼の住む町で不思議な出来事が立て続けに起こる。突如、町に現れたペンギンの群れと、歯科医院に勤める謎めいたお姉さんの関係は。彼なりの研究は、果たして実を結ぶのか。
2010年の日本SF大賞受賞作であるが、決してSFやファンタジーには括らないで欲しい。本作は、優しい両親に温かく見守られながら成長して行くアオヤマ少年の儚く切ない恋物語なのだ。お姉さんとの軽妙かつ想いを含んだやりとりが心に残る。