その朝、私はズボンが濡れるのがいやで、東京駅から職場を目指し丸の内の地下街を歩いていた。世の中の不機嫌を全て塗り込んだような仏頂面をぶら下げて。
・・・オホン、実は前夜の深酒で頭痛がしていたのだが、俯き加減にペタペタ歩く私の視界に一人の紳士が入ってきた。
全体に白くなりかけた御髪から察するに、年の頃は60代半ば。服装はダークスーツで右手に黒い鞄、軽く構えた左手には黒いこうもり傘が提がり、明らかに勤め人又はかつて勤め人だった方である。
背筋をスッと伸ばし私の前方を颯爽と歩く紳士の頭には、ごく自然に粋な中折れ帽が載り、全身の上品な雰囲気を更に引き締めていた。
で、その紳士。足元に目を遣れば、なんと今時珍しい『ゴム長靴』を履いておられるではないか。ズボンの裾を全部たくし込んだ例のスタイル。そう、身体を使って作業する時のアレだ。沢山の取り澄ましたビジネスマン、お高いOL達の背景に馴染みつつ、控えめながら自己をしっかり主張している。そして何の違和感もない!
・・・実に眩しかった。都会のど真ん中をスーツにゴム長で歩いて、あんな風にかっこよく見える年の取り方をしたい・・・。若輩はそう思った。
それから職場まで視線をあげ、無理やり背中を伸ばして歩いたのは言うまでもない。
99.関係ありそうな記事
- 2022/09/28 銀杏と嗅覚と鉄のフライパン
- 2022/07/18 写真スクロールの習作/2022/07/18
- 2022/04/16 ベストシーズンのウォーキング
- 2022/04/14 素晴らしき我が人生 / 転職を語る
- 2021/12/19 ベランダのハゼノキに諭される
- 2021/12/09 電卓が逝った / 昭和の終焉と令和の希望
- 2021/11/17 スマホをiPhone 12miniに買い替えた / 撮れる写真はこんな感じ
- 2021/07/20 57年ぶり地元開催のTokyo2020が一つの転換点になることを強く希望 / グダグダは本稿だけでいい
- 2021/07/13 この世に一人で生きている人間はいない
- 2021/04/26 フランク・シナトラの名言と血圧手帳
- 2021/04/25 やっぱりグミはこうでねーと、カバヤのタフグミ
- 2020/08/25 「草月ホールのエノケン」byおかだえみこさん