筆者が「非タバコ人間」なワケ

昨今、嗜好品の一つであるタバコを嗜む人はだいぶ少なくなりましたね。

 喫煙が健康に良くないことはすでに定説となり、世の中には「嫌煙権」、「禁煙」、「分煙」、「歩きタバコ禁止」などの意識も浸透して喫煙者の肩身はずいぶん狭くなりました。

 一方、紙巻きタバコは一箱500円前後とびっくりするほど高くなり、また、加熱式タバコ、電子タバコといった次世代のガジェットも徐々に普及して、喫煙を巡る事情も様変わりしています。

 筆者は、Profileに書いているとおり根っからの非タバコ人間なので、今どき喫煙している人を見ると無責任にも(いい加減やめりゃいいのに)と思います。
 それでもお好きな方々、根性の座っている方々は、ビル陰の埃っぽい風が吹き抜ける喫煙スペースにて恍惚の表情でニコチン補給をしておられますから、往年の動くアクセサリーの魅力は、いまだ衰えることを知らないようです。

閑話休題
 本日は、筆者がなぜ「非タバコ人間」になり、齢六十二までそうあり続けている理由を考えてみました。

 

1.ヘビースモーカーだった父親の影

 大正13年生まれで元兵隊、建具職人、筋金入りの下戸・・・、そんな父は、家族そろってテレビを見る場であり食事の場でもある居間や、家の中で一番密閉度が高く気積の小さい空間トイレ(ちなみに汲取り)でタバコをふかす人だった。

 タバコが「動くアクセサリー」だったその当時、喫煙者は隣人への身体的、精神的影響をほとんど意識することなくタバコを吸い、煙、灰、吸い殻を放出、拡散し続け、その一方で非喫煙者は、主流煙、副流煙、臭い、ヤニの付着、害毒、火災危険などの二次被害を被っても時代の空気から寛容にならざるを得なかった。

 そんな時代のヘビーな喫煙者だった父の隣で育った筆者には、時代の常識よりタバコ=迷惑なもの、臭いもの、汚いもの、毒、という図式が強く刷り込まれたようだ。トラウマと言い換えられるかもしれない。

 

2.身体が拒否した

 いくら喫煙者である親の影響下にあったとしても、成長の過程において何かのきっかけで吸う人と吸わないに分かれると思うが、筆者はたまたま後者だった。

 十代後半に興味本位、悪戯半分で吸ってみたとき、目まいはするわ口には何とも言えない嫌な味と臭いが残るわで、好きになる前、習慣化する前に興味を失った。もともと負の刷り込みがあった身体の方が先に拒否反応を起こしたのだろう。

 もしこの段階で何らかの魅力を感じていたら、また精神的にも不安定なその時期にそちら方面に引っ張っり込まれるような交友関係があったなら、今頃堂々と「タバコ人間」として生きていたのかもしれない。この点は、ラッキーだったと思う。

 

3.身近な喫煙者に無礼な人が多かった

 学生時代の記憶として、教室はさすがに禁煙だったが、多くの部室やゼミ室は喫煙学生の溜り場であり常にタバコ臭かった。また、同級の喫煙者は非喫煙者を子ども扱いして小馬鹿にするような雰囲気があった。
 筆者の卒研ゼミでは、教授2人、学生4人のうち喫煙者はM君1人だけだったので実質禁煙だった。そのせいかどうか定かではないが、M君は卒論作成には何故か一貫して非協力的だった。

 就職してからは、喫煙に寛容な時代環境のせいで職場の室内でも喫煙され放題で嫌だった。筆者の周囲には、身体によくないと豪語しつつ仕事中2箱超のヘビースモーカー、灰皿を吸い殻の山にしてそこから火事を出す強者、一口吸って灰皿に置くと残りを副流煙と共に全部灰にしてしまう意味不明な喫煙者等々。
 彼らは、意図的に室内環境を悪化させていたわけではないが、少なくともその可能性は認識しタバコ副産物の人体への悪影響も充分理解していたと思う。未必の故意は罪に問われることだってあるのだよ明智君、もとい喫煙者諸君。

 

4.タバコと酒の両方はダメでしょ

 タバコは「非」だが嗜好品として双璧をなすアルコールは、基本的に「是」であり大好きだ。なので生活習慣病の原因として挙げられることが多くても、ほどほどなら問題ないと認識し、体質的にもオッケ~(^o^)dなので日々適量の晩酌は欠かさない。

 ただ、酒も量が過ぎればよろしくはなかろうし、ましてタバコのような百害あって一利なしの毒と一緒に身体に取り込めば碌なことにならんと感じるので、毒のより強そうな方を本能的に避けてここまで生きて来たような気がする。

 居酒屋で、テラテラした赤ら顔で紫煙を吹き上げつつ豪快に杯を重ねる中年男性に出会うと、(どっちかにした方がいいにはいいんだが…)と控え目に念じるのである。

 

5.やっぱり紫煙は苦手

 例えば日差しの眩しいさわやかな平日の朝、テンションを上げて駅まで20分の道のりを歩き始める。駅に近づくにつれ歩きタバコ人間が増え、吐き出す煙は後方に帯をなす。後ろを歩く筆者はその排ガスを吸い込みイラッとし、一気にモチベーションが下がる。

 例えば仕事帰り、ちょい飲みに行った日高屋のカウンター。サラリーマン風の隣人が生を飲みながら一服をつける。中華系飲食店の煙は不思議に上には行かず横方向にたなびく。その排ガスを吸い込んだ筆者は、急にニラレバ炒めの味が分からなくなる。

 その他にも、一時代前のJR特急で喫煙車両にて乗車1時間半で意識を失いかけた話やパチンコ屋の空気環境の話などなど、自らの嫌煙の話を上げればキリがない。やっぱり昔からタバコの煙は苦手、嫌いなのだ。焚き火や囲炉裏の煙はなんでもないし、むしろ好きなのに。

 

6.まとめ

 以上、筆者が非タバコ人間となり、そうあり続ける理由でした。

 日本ではタバコや酒、コーヒーなどを嗜好品と呼びますが、意外なことに英語には「嗜好品」を直接表す単語は無いそうです。

 Wikipediaによると、「栄養や薬効は期待しないが、精神的に良い効果があるので無いと寂しく感じるもの。意思疎通を円滑にする一方、ほとんどの場合習慣性がある」のが嗜好品だそうです。

 人生の味付けとなるものでもありますから、自分の好みの嗜好品とは永く上手に付き合っていきたいですね。

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