好きなときに好きなものが好きなだけ食べられる幸せ

投稿者: | 2017.08.10 (木) 22:10


(猫を食べようという記事ではなく、冒頭から下の写真ではあんまりなので忖度しました)

 

 蒸し暑い日曜の午後、いつものようにギターケースを背負って自宅から実家に戻る途中、汗でヘタった眼鏡の鼻パッドを交換してもらいに八重洲地下街の「JINS」へ。若い店員さんが216円也では申し訳ないくらいの笑顔と爽やかさで手際よく交換してくれる。

 ついでにお腹が空いたので、同じ地下街にある讃岐うどんの「麦まる」へ。ここは、カウンターにトレイを滑らせながら注文から支払いまで済ます例の方式の店。麺は硬めながら青ネギ、天かす、おろし生姜、ゴマ、七味が投入し放題なので気に入っている。

 

・・・ということで、いささか気が引けますが言うまでもなく「麦まる」での食後の写真であります。

 

で、なぜこのような見苦しい写真をあえてお見せするのか。

 本稿のタイトルにそのココロを表したつもりですが、よく考えてみれば昼間からビールを飲みながらのんびりとうどんが啜れたのは、以下の条件が整っていたからでした。

  1. 子供の手が離れている。
  2. 家族みな健康である。
  3. 家人Bは基本放任主義。
  4. 要介護の親は既にいない。
  5. 休日出勤の必要はない。
  6. 自分自身、健康で自力歩行ができる。
  7. 財布にうどんを食べるくらいのお金はある。
  8. 食料は豊富に出回っている(ほとんど輸入食材かも)。
  9. 平和なお陰で自由が制限されることもない(某隣国に生まれなくて良かった)。

 そして、(麺は柔らかめがいい)、(ゴマが湿気てる)、(枝豆も置いてくれればな~)などと、どーでもいいことを考えながら食べ終えて、爪楊枝でシーハーしていたらフト気が付きました。

 

(ひょっとすると、これってすごく幸せなことではなかろうか?)

 

とりあえず時間が自由に使え、望むところに行き、好きなものが食べられる。

 自分自身の境遇はさて置くとしても、現在の国内外の情勢に鑑みれば、恐らく剃刀の上に立つようなバランスとそれを維持する数多の努力のもとに成り立っているそれは恵まれた状況なのではないかと。

 奇しくも8/6、8/9、8/15と平和祈念や戦没者追悼の式典が続き、旧盆も控えるこの時期。日本を支えてきた先輩諸氏から現世の我々に対して(もっと頭を働かせたまへ)との念でも飛んで来ているのでしょうか。

 

閑話休題
現在の政権は、現憲法の改正を目差し着々と下地作りを進めています。

 だからというわけではありませんが、国民としても闇雲に改正反対や護憲、9条堅持だけを叫んだり、現状維持こそ最良の道と目を瞑ってしまうのではなく、戦後七十数年経った今だからこそ一人一人が自国の平和と自由な社会、国際的地位の維持、それと同じくらい大事な食糧、石油と併せて社会福祉の確保など国の根幹をどうすれば安定的に維持できるのか、真剣かつ具体的に考える時期に来ていると思います。

 政策の立案や実施面は政治家と行政に任すしかありません。がしかし、国民が考えること、チェックすることを止めてしまえば、世の中は一部権力者の画策する方向、偏った方向に行ってしまいます。まかり間違えば戦争に加担することにもなり兼ねません。

 それにブレーキをかけたり軌道修正させる手段として、私たちは選挙や国民投票という強い力とマスコミやネットを使った世論形成というソフトな力を持っています。それらを有効に行使できるよう普段から世の中に向けて広くアンテナを立て爪を研いでおく必要があるでしょう。

 

あ、筆者ですか?
いくら政治や世情に疎い筆者でも、最近はそれなりに考えるようになりました。

 まず全地球的には、温暖化の行く末と気象の過激化等々。国際的には、暴走トランプ、ミサイル問題、IS、テロの多発、南シナ海、慰安婦、難民、宗教と民族問題など。国内では少子高齢化、震災復興と原発廃炉、企業の衰退、自然災害、豊洲移転、ポンコツ大臣、共謀罪成立、議員不祥事、忖度問題、現政権の横暴ほか。

そしていつまでも「虎の威を借る・・・」でいいのか、という根源的な問題もあります。

 いろいろあり過ぎるので、あまり好きではない政治のニュースにも敢えて、嫌々ですが注目するようにしています。モチベーションは、お腹が空いたときにはいつでも好きなところで好きなものを食べたい、自分の時間は誰に邪魔されることなく自由に使いたい、その幸せを次の世代に引き継ぎたい等々、いかにも低次元ですが、「誰がやっても同じ」という例のセリフは昔から嫌いでしたし。

 でも、我々の世代は太平洋戦争終結後に生まれ、高度成長期に育ち、そして昨今はITの恩恵まで享受できる、日本の長い歴史の中でも類稀な恵まれた世代なんです。先達の皆さんからお叱りを受けたり、次世代の人達から「奴らは逃げ切った」などと言われるようなことしては罰が当たるでしょう。

おしまい。

 

 

 

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