四国八十八箇所札所巡り_第4回(写真編)

4回目の四国巡礼を道中撮った写真で綴ってみます。

 前回、前々回の教訓から携行する荷物の極少化を心がけた今回は、カメラもミラーレス一眼(Fuji X-A2)ではなくiPhone6Sで代用しました。

 カメラ好きとしては内心忸怩たるものがありましたが、写真の出来栄えはあに図らんや非常によろしい。思った以上にきれいな写真が撮れています。何といっても身軽になるし、次回、第5回目の支度のときにもカメラは(iPhoneでいいか〜)となるかもしれません、悔しいですけど。

 ここには47枚アップしました。少々長い記事になりましたが、各葉に簡単なコメントを付していますので、最後までご覧いただけたら嬉しいです。


 さあ出発です。毎度おなじみになった東京駅八重洲口鍛冶橋の高速バス乗り場。
 今回もこの高層ビルに見下される殺風景を絵にしたような場所から、延々四国は高知を目指します。

 

徳島駅からJR牟岐線、阿佐海岸鉄道を乗り継いで終点の甲浦駅まで来ました。
東京駅から所要12時間。良い天気でとっても暖かいです。

 

 甲浦駅で高知東部交通の路線バスに乗り換えて室戸岬に向かいます。
 待合室でバスを待っていたら管理人のおばちゃんがお茶とミカンを振る舞ってくれたので、「お接待」の気持ちと一緒にありがたく頂戴しました。出だし快調です。

 

さて、約50分の乗車で室戸岬下のバス停に到着。
ここから今回一箇所目の寺、24番のある岬の天辺を目指してこんな道を登っていきます。
いきなりの高低差160m、暖かかったこともあって汗びっしょりになりました。

 

やっと登りきって24番最御崎寺に到着。高知県に入って最初のお寺です。

 

 参拝を終え、下りは少しでも先に進むため室戸スカイラインの車道を下りて行きます。
 12月末なのに室戸は本気で暖かいです。写真左手の海には、おそらく南からの黒潮が流れているのでしょう。

 

スカイラインを下りきったところでちょうどお昼。
小さな食堂があったので、バス待ちの僅かな時間でうどんをいただきました。
落ち着かない筆者を察して、おじさんが急いで作ってくれました。

 

 15分ほどバスに乗った「室戸」バス停から近い25番津照寺は、室津という小さな町の高台にあります。
 ご本尊は「舵取り地蔵尊」で、船乗りさんの信仰が篤いそうです。

 

 先程から暖かい、暖かいと書いていますが、海流の関係で元々暖かい室戸地方。今回歩いてびっくりしたのが、この時期の路端に咲く花の数々です。
 紅葉の綺麗な木々が立ち並ぶ中に、熱帯のハイビスカス、ブーゲンビレア、アロエ、晩夏の花であるカンナ、秋のコスモス、早春のスイセン、そして何とスミレまで咲いるのですから恐れ入っちゃいます。季節がさっぱり分からなくなりました(汗)。
 

 

 26番金剛頂寺は、25番から約5kmの道のり。今夜の宿「民宿うらしま」に一旦荷物を預けて向かいました。
 実は、2回目の巡礼で同宿になった方から、26番宿坊の豪勢な食事の話を聞いていたので、ぜひ泊めてもらおうと事前に連絡を入れましたが、寺の行事の関係で年末年始の宿泊は休業とのこと。ちょっとガッカリ。

 

 代わりといってはアレですが、今夜の宿「民宿うらしま」は、翌日利用するバス停の直近なのでとても助かりました。

 

 晩御飯もお遍路さん向けのとても充実した内容。ただし期待していた高知名物の「カツオ」は食卓には登らず、またまたちょっとクリガツ。でも、おいしかったです。

 

さて2日目。きれいな朝焼けは、天候悪化へのプレリュード。
 この時筆者は、雨なんぞ大したことないワイ、新調した雨具で凌げるワイ、と高を括って天の神を完全に舐めていました。

 

 「うらしま」から昨日と同じ高知東部交通の路線バス約40分で27番への登り口、海岸沿いの唐の浜東バス停に着きましたが、予報どおり既に風と雨で大荒れ。
 おまけに、ここから延々長い登り坂が続く、まさに今回の山場にかかります。

 途中何度も休憩しながら3時間近くかかってようやく27番神峰寺に到着しました。標高430mの山の上は、幸い雨は止んでいましたが我が身体はヘロヘロ。
 道々、大休止させてもらった作業小屋の小松おじさん、私と抜きつ抜かれつしながらほぼ同じコースを往復されていた秋山さん。お二方と楽しく話をさせてもらってずいぶん気が休まりました。

 

神峰寺からは、強風で荒れた太平洋が望めます。雨よ止め!風よ治まれ!
ちっぽけな人間の願いなんか聞く耳を持たない相手なのに、思わず祈っていました。

 

 苦労して登った27番から海岸沿いの唐浜駅(土佐くろしお鉄道)まで一気に下り、15:10発の列車で28番大日寺の最寄り、のいち駅へ。
 窓ガラスには大粒の雨が吹付け、大荒れの太平洋が車窓越しにプレッシャーを掛けてきます。ウム、南無大師遍照金剛。

 

 ↑の列車から↓の夕食にありついた民宿までの間に28番大日寺を参拝しましたが、その間の写真が無いのはアップし忘れではなく、写真自体がありません。
 なぜなら、列車を降りてのいち駅を夕方4時に出発し、その日の宿についたのが5時半。悪天候もあって既に暗くなり、容赦ない土砂降りの中でiPhoneを取り出せるはずもなく、ましてや目指す寺がなかなか見つからない不安と焦燥で写真を撮る余裕などある訳もなし。
 ただただ必死で黙々と歩き、2日目の予定をなんとかクリアしました。

 

場面は変わり本日の宿、「遊庵」の夕食です。
先刻までの濡れ鼠は、風呂に入り乾いたパジャマにお着替えして食堂へ♪♪
オーナーご夫妻のおもてなしが掛け値なしに嬉しくて、(T_T)。
奥様のセンスあふれる手料理もお腹にシミました。ビールも旨い!
おいしい晩御飯、ごちそうさまでした & Zzzz…

 

翌朝。
トラディショナルな中にもオシャレ感の漂う朝食。
特に焼き鮭、そしてさすが高知、シラス干しがプリプリしておいしかった。

 

 3日目は、4カ寺を廻る予定なので時間を稼ぐため朝一番は、遊庵からタクシーで29番国分寺に向かいました。
 白髪からしてアラセブンとお見受けする運転手さんは、巡礼歴既に数回の方で、公認先達(四国巡礼の公式案内をする)の資格を取れば取れるが「謙虚に生きたいから…」と控えているのだそうです。頭が下がりました。

 

29番から30番善楽寺までは約7km。天候は回復し、歩くのに丁度よく気持ちの良い日になりました。青空が嬉しいです。

 

30番から続いて31番竹林寺へは、更に約7kmの道のり。
 途中で横切る、昔の都電とよく似た「とさでん後免線」は、ローカル色豊か、生活感満載でなんだかホッとさせてくれます。

 

この日の昼食は、セルフのうどん屋さん。
カウンターで注文して自分で湯掻くスタイルは、四国ならではです。
強い風で冷えた身体が温まりました。ごちそうさま。

 

31番竹林寺は標高145mの小高い山の上にありました。
境内には国指定名勝の庭園もあるそうですが、先を急ぐため散策は省略。
次に来るときのために取っておきましょう。

 

さて、31番から32番禅師峰寺には、先を急ぐため再びタクシーで向かいます。
 今回も年配のベテラン運転手さんで、「高知は暖かいですね」と水を向けると、地元の草花の話を立て板に水の勢いでいろいろ聞かせてくださいました。
 おまけに下車する際に、「お遍路ご苦労様です。ジュースでも…」と小銭を差し出されます。客であるこちらがチップを貰ってはと固辞しましたが、にこやかに「どうぞどうぞ」仰るので、これもお接待の気持ちとありがたく頂戴しました。

 

禅師峰寺の参拝を終えると日が傾いて来ました。
実はここの本堂拝殿の階段でコケましてね。右足が少々痛むこともあって先を急ごうと振り返ると・・・

 

 ・・・高台にあるこの寺からは太平洋が一望でき、はるか西の岬の上に今宵の宿、国民宿舎桂浜荘が望めました。あの下が桂浜かぁ〜。
 さあ、3日目のラストスパート。約6kmの道のりを急ぎます。馬には人参が必要ナノダ! カツオが俺を待ってるゼ!

 

 

国道を歩くこと約1時間半。この浦戸大橋を渡れば今宵の宿は、すぐ近くです。
 しか〜し、この橋、大型車がバンバン通る割に、50cm程の幅しかない歩道にはガードレールもなく、おまけに最高部は海面から50mの高さがあり、鉄の鎧を着ていない子鹿のような歩行者は怖いことこの上なし。冷や汗と言うより脂汗をかきながら渡り切りました。ホント、命がけだよ。
 そこで一言、この橋の責任者に言いたい。「あんた、歩いて渡ったことアンのか!」と。Wikipediaによると写真のフェンスも後から設置されたものらしいし、いくら優れた土木設計でも人間を忘れちゃダメダメですな。

 

 ようやく3日目の宿、桂浜荘に着きました。土佐湾、早い話が太平洋に突き出した岬の上に建つロケーションですから、部屋からの眺めは、それはそれは素晴らしいものです。

 

夕食は、待ってました、カツオのたたき!

 

ゆっくり休んだ翌朝。部屋から日の出が望めました。
ウ〜ム、この景色が見られただけでも高知に来た甲斐があったぞよ。

 

朝ごはんもおいしい!

 

 4日目の本日も3カ寺を訪ねるのでそれほどのんびりしていられませんが、せっかくなので桂浜を少し散歩してから歩き始めました。
 写真右手、森の上に突き出ているのが昨夜泊まった国民宿舎です。

 

浦戸大橋をくぐって西に歩きます。
あんな高くて吹きさらしの橋を歩いて渡る輩がいるとは、・・・って俺だよ!

 

約4km、1時間で33番雪蹊寺に到着。

 

33番から次の寺に向けてこんな道を歩いて行きます。
刈り取りの終わった田んぼに畑。日本の原風景ってところでしょうか。

 

さらにこんな道を行きます。
 ちなみに、この「〜まであと☆km」の標識は曲者で、数字が頭に残るだけに(まだか、まだか・・・)となり却って遠く感じられるので、標識は見なかったことにして昼御飯か晩御飯をイメージしながら無心で歩くに限ります。
 それって無心じゃないじゃん、というツッコミは無しの方向で(笑)。

 

 

34番種間寺に着きました。
 田園風景の広がる平地にある静かな寺です。いよいよ今回の巡礼も終盤に差し掛かってきました。この時点で時刻は、午後2時近く。

 

 ここで今回の巡礼の終わらせ方について、ひとつの決断を迫られました。帰路の足として確保してあるのは、今夜20:20高知駅発の高速夜行バスです。

 この34番の参拝を済ませた後、出発前に予定した35番、36番の2寺をクリアするとなれば、高知駅に戻れるのはバスの出発時刻ギリギリ。恐らく乗降口に駆け込むような状況になるでしょう。
 一方、後ろ髪を引かれながら36番を諦め、この後35番1寺の参拝を済ませて高知駅に戻れば、駅前で土産を物色し高知名物を食す余裕が生まれます。

 

 

初志貫徹 vs. 高知の思い出づくり。さあどうする、ネコ太郎!

 

 ・・・オホン、単純かつ変わり身の速さで世渡りしてきた筆者は、コインを投げることなく即座に思い出作りを選択し、しかも安全を見て次の35番へはタクシーを利用するという安直かつ周到な決断を下しました。
 早い話、帰京前に高知駅前の居酒屋での一杯はマストだろうと。今回お世話になった土地に対しては、何がしかの貢献はせねばなりません(汗)。

 

 再び話は脇道にそれますが、この時に利用したタクシーの運転手さんがまたユニークな方で、前職は路線バスの運転手、引退後は隠居してもしょうがないので週に3日だけタクシーを転がしている、という方でした。
 スキンヘッドの後ろ姿と落着いた物腰からてっきり70歳近い方と思いきや、「昭和32年生まれ、59ですわ」と仰るのでビックリ(と、年下じゃん!)。
 「嘘はつかない」、「欲張らない」、「車は安全第一」との教訓を乗車中の僅かな時間に土佐弁でサラリと語りくださり、料金も少しおまけしてくれて、またまた頭が下がりました。

 そこで思うに、以前徳島のお寺で聞いた阿波弁の説法にしろ、この運転手さんや今回の巡礼で出会った地元の方々のお話にしろ、四国の言葉は、関東人の喋る言葉にはない人の心に入ってくる一種独特なしなやかさと耳触りの良さがありますね。「説得力」ぐらいしか適当な表現が思いつきませんが、それは言葉だけではなく、この土地の歴史、伝統、文化のなせる技なのかもしれません。
 少々大げさな言い方をすれば、以前から個人的に持っている西日本の人たちへの「畏敬」のようなものが、またほんの僅か膨らんだような気がしています。

 

 ・・・というわけで、ここは今回の巡礼の最終地、35番清瀧寺。旅の終わりを薬師如来が優しく見守ってくれました。

 

 

さあ、高知を後にして、筆者の故郷東京に帰りましょう。

 

その前に、と。
 今回12か寺を無事に巡礼できたことに感謝して、そして高知の良い思い出を持って帰るために、駅前の居酒屋「ごきげん屋」でボッチ祝杯を挙げました。
 カツオと地酒をじっくり堪能しないと帰るに帰れませぬ!

 

タタキは、本場だけに旨いのなんの。
もう一丁ドーン!イワシの丸干しと地酒その2(銘柄は忘れた)!

 

さて、高知駅にも夜の帳が下りてきました。
 祝杯は、「ここはどこ?」とならないところで寸止めして、3列独立シートの東京行き高速バスに乗り込んでカーテンを閉めます。目が覚めればそこは新宿バスタ、ではなくたぶんサービスエリアのトイレ休憩でしょう(笑)。

 

以上、第5回目の四国巡礼を写真で振り返ってみました。
 まとめると、所期の目的をほぼ(13か寺を12か寺に変更)達成できた、巡礼の醍醐味(嵐の中のお遍路)を味わった、たくさんの人と交流した、そして何より無事に帰ってこられた、ということに尽きると思います。

 もう既に(次回はいつ頃行くか)、(コースはどうする)、(何がおいしい)等々考え始めているので、次のレポートをお楽しみに。

 ご精読ありがとうございました。

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