途中で飽きてゲームしたり、居眠りしながら見た開会式でした。
感想+αです。お付き合いください。
いよいよ始まった、というより始まってしまった感の漂うTokyo2020。
改築された国立競技場にて無観客で行われた開会式は、予定を大幅に超す約4時間の長丁場だった。
マスコミやパンピーからは理念がないとか、何を伝えたいのか解らないとか、手厳しい論評が多いようだが、筆者の目には、今の日本の身の丈と世界の実情に合わせた比較的シンプルなセレモニーに映ったし総合的には良い開会式だった思っている。
その一つのハイライトだった君が代の独唱。
歌い手は、やはりMISIAだった
個人的推しは越智志保(Superfly)だったが、誰もが納得できる人選だったし、期待どおり世界に誇る歌声を響かせてくれた。
印象に残ったシーンを挙げてみる。
一番にその時間の長さ、冗長さを挙げようとしたが、無粋なのでやめておいた。
シーンごと簡単に。
それが始まったとき、ハハン、よく出来たCGか?と思ったが、1824機のドローンが競技場上空を飛んでいるリアルなLIVE映像だとアナが言った。
ゲゲッ!
事前情報や予備知識なしで見たこともあって目を剥いた。開会式で一番びっくりしたと言っていい。見たこともないパフォーマンスだった。
これはTokyo2020の代表的な映像として記憶と記録に刻まれるだろう。
本番では大会エンブレムの市松模様と地球の姿だけだったが、リハーサルではピクトグラムなども試されていたようだ。
誰かの長話はいいからもっと見たかったな(アワワ……)。
さて、筆者は暫時驚いた後に、「航空自衛隊の方々はどう見ただろう?」と考えた。
57年前、代々木上空に現れた飛行機雲による見事な五輪。
日本人の多くがそのノスタルジーを抱え、Tokyo2020でもブルーインパルスに期待していたはずだ。
彼らはそれにしっかり応えた。
白一色からカラーへとグレードアップして東京上空に五輪の輪を描いた。
気象条件や風の具合でかすれたものにはなったが、間違えのない仕事をしてくださった。
そしてその夜、残像消えやらぬうちに突如として国立上空に姿を表したのがドローンの地球だった。
開会式4日後の今日現在、空関係で五輪雲の話題は少ない。ドローンのパフォーマンスを絶賛するトピックが圧倒的だ。
いま筆者は、たいへん僭越ではあるが、自衛隊の皆さんの無念と忸怩たる思いに想像を巡らしている。
(俺たちの役割は終わったのか……)、そんなふうにお考えではないだろうか。
しかしこれはある意味、時代の必然だと思うのです。
考えてみれば私たちは、古き良き時代から慣れ親しんできたものが、より進歩したものに取って代わられるシーンをたくさん見てきた。
身の回りだけでも映像や音楽の媒体、移動手段、通信手段、計算機などは、数十年のスパンでその姿を大きく変えている。
筆者は、技術計算には計算尺という学生時代を過ごしたが、その後約半世紀の間に、多くの人が超小型のコンピュータを常時携行するようになっていた。
率直に言う。
自衛隊ほか関係者の皆さんには申し訳ないが、ブルーインパルスは、オリンピックにおけるアイコンとしての役割を終えたと筆者は見る。
この開会式まで多くの人が57年の間の変化に気付かなかった、又は気付かないふりをしていた、あるいはノスタルジーやリスペクトが勝っていたとは言えないだろか。
穿った考えかもしれないが、夏空に描かれ瞬く間に消えた飛行機雲の五輪には、パイロット諸氏の心情が現れていたとさえ思う。
しかし、日本人にとってブルーインパルスが夢であり希望であることに変わりはないし、まだまだ活躍してもらわねばならない。
なぜなら、自衛隊におけるブルーインパルスの存在は、陸海空自の音楽隊と並んで国の平和の象徴なのだから。
Tokyo2020は、まだ始まったばかりです。
閉会までの間に何が起こるのか、どんな結末を迎えどんな評価や影響が残るのか、今はまったく分かりません。
でもこれだけは言えます。
トレーニングを重ねてきたアスリート、準備に奔走し今も走り回っているスタッフ、そして開会式に華を添えた演者のみなさんほか、表に出る方々から裏方の皆さんまで、沢山の人によって作られ、その努力と汗と思いが込められたイベントなんです。
その人たちへの敬意を忘れずに観戦しようと思います。