心の奥で固まっていた不安と憂鬱と緊張が少しづつ少しづつ溶けていく、そんな春の雪解けのような4月前半でした。
土日の休みがこれほど貴重だとは…………
この3月末、定年後に6年弱勤めた会社を退職し、自宅からほぼ同じ距離にある別の職場に転職しました。
決断のきっかけは、39年勤めた元の職業時代から付き合いのあるT先輩の一言。
「〇〇くん、あの話どうなった?」
結果的に昨年秋にもらったこの言葉に背中をドンと押され、一連の物事が動き始めました。
6年前に定年退職してこの3月まで勤めた会社では、建築関連のある分野限定での社内アドバイスと関係先への営業が主な仕事でした。39年勤めた元職時代に身に付いたスキルや繋がりを買われたものです。
ところが実際にやってみると、採用前に自分でイメージした仕事と会社の現場が求めているものの間には、微妙なギャップがありました。
アドバイザーとして出来ることはやりましたしスタッフ職なりの提案もしました。でも、その差はなかなか埋まらず、目立った成果も上がらないままギクシャクしたすれ違いが続きました。
自分の耳に入って来ることはありませんでしたが、社内的には的を外している、大きなずれがあると評価されていたかもしれません。
当然ながらモチベーションは下がります。会社は一定の処遇を維持してくれていたので、内心の忸怩たる思いも徐々に膨らんでいきました。
その一方でもう一つの仕事、関係先への営業回りは、未経験なりに淡々と続けていました。
そちらの方は、幸いベテランの営業プロパーがサポートしてくれたこともあって、その幅、内容ともに想像を大きく超えて広がり、社内的にもある程度の評価は得られていたように思います。
そんな中で営業ついでに時おり立ち寄り、世間話や近況報告をしていたのがT先輩でした。
組織を超えて横方向に仲間を束ね慕われている懐の深いベテラン。
今思えば互いの近況やら業界の動向など話す中で、その大先輩に(はは〜ん、こいつ仕事がおもろくないんやな)と気取られていたようです。
自分で意識はしていませんでしたが、おそらく言葉の端々に愚痴が混ざっていたのでしょう。表情に表れていたかもしれません。
話は飛びますが、客先を営業訪問し辞去する際、軽くジョークを飛ばして場を和ませたのち、表情を戻して45度の姿勢で「よろしくお願いしますっ!」とやるのは営業職アルアルですよね。
いま考えると筆者は、日ごろの癖でT先輩の事務所に行ってもそれをやっていました。
いつだったか「あんた住まいは?、最寄駅は?」と聞かれたのを覚えています。
「良いところがあったら世話するから……」といったコメントを上の空で聞いていたかもしれません。
そこに浅はかな筆者は、「よろしくお願いしま〜す!」とやった。
結果的に、それが「あの話どうなった?」につながったようです(大汗)。
「あんた〇〇駅、近いやろ」
「あんたに向いた仕事、あんねんけどな」
…………その後のことは皆まで言いますまい。
〇〇駅にほど近い、筆者に向いた仕事があるというその職場には、元職時代の知り合いがいることも決断の要因になりました。
そこから場面転換が一気に加速し、この4/1から小さな胸に不安と憂鬱と緊張を抱えながら新しい職場に通い始めた…………そんな次第です。
ちなみに、会社の方は円満退職することができました。
幹部の方々からは丁重な慰留をいただきましたが、それでも己の意志が翻ることはなく、最終的には「お気持ち尊重します」と気持ちよく送り出してくださいました。
実にありがたい。
さて、長くなりました。
本稿を書きながら浮かんだキーワードを3つ挙げてまとめにします。
結局のところ、己の持っているものを出し惜しみせず、正直に真っ当に働いていれば、どこかで誰かが見ていてくれる…………、そんなことを思った今回の転職。
きっと、あっという間に一年が過ぎるのだろうな〜、これが今の気持ちです
おしまい