近々、14年前に買ったパソコンをリサイクルに出します。
「やってねーよ」と言いながらやる終活(汗)。
購入したのは2006(平成18)年。
その後6年間使い続けたノート型の東芝dynabookで、CPUはCeleron、512GBのメモリーと80GBのHDDという今では考えられないロースペックなもの。
購入当時、CPUはすでにPentiumが普及しており、Celeron搭載機は初心者向けの入門機だったように記憶しています。つまり、シリーズの中で一番ベーシックなグレードを選んでいたと。
…というよりも、ヨドバシカメラに行ってブランドを気にせず、そこそこ使えて一番安いパソコンを探してもらったような気がしてきた。セキュリティソフトやマウスと合わせて10万円ほどになりましたから、それなりに大きな買い物でした(遠い目)。
ちょうど齢50歳。
思い起こせば2人の子供の学費が大変な時期だったな〜、グスン
そんなこともあって、(初めてのパソコンだし、よく分かんないし、お金ないし、こんなもんでいいだろ!)と諦めの境地で決めたのはよく覚えています(笑)。
当時の標準OSは、Windows XPでした。
当然このdynabookにもプリインストール(もはや死語?)されていて、翌2007年の始めにVistaがリリースされる直前だったので、今となっては誇らしげに貼られている「Windows Vista Capable」シールがなんとも微笑ましいです。
また、このdynabookでXPを随分いじったので、Windowsの構造や使い方をかなり覚えることができました。今でも多少のトラブルなら対応できるのは、このパソコンのお陰と言っても過言ではありません。
また、本格的にブログを書き出したのもこの頃からでした。単身赴任先の広島に持って行って、ディスプレイと睨めっこしながら長い夜や休日を過ごしたのは懐かし思い出です。
しかしこう言ってはアレですが、WindowsというOSはインターフェースこそ変わりましたけど中身は十年一日、否、それ以上に変わっていませんね。
現在仕事で使っている8や10も、一歩中に入れば(…ぁんだ、XPと相似形じゃん)という感じですから。
ユーザーからするとその方が助かるし、それだけ完成度と汎用性の高いOSなのでしょうね(いちおう立てておく)。
かつてスティーブ・ジョブズは、インタビューの中でこう述べています。
「Windowsパソコンはトラックのようなものだ」
「僕の関心は他社を打ち負かすことではなく、素晴らしい製品を作ることにある」
2012(平成24)年には、Macbook Pro 15″を買いました。
当時はまだRetinaディスプレイではなかったし、Windowsとかなり違う使い勝手に相当戸惑ったけど、垢抜けた本体ばかりでなくフォント、挙動、描画ほか内包する世界全てが美しく、使い始めてすぐに(これはWindowsには戻れないかも)と思いました。
それから8年後の現在も、Windowsに触れるのは仕事のときだけです。現実にならないことが多い筆者の予感が珍しく当たりました。
早い話、dynabookを使っていた6年の間にパソコンとその世界に関する自分なりの価値観が固まり、それがたまたまジョブズ氏の発想やAppleの製品のポリシーに近かったのだと思います。
そしてその後の8年間で、パソコンからスマホ、腕時計、イヤホンに至るまで自分用のITデバイスはほぼ全てApple製品に置き換わり、一方、dynabookは押し入れの奥で静かな余生を送っていたと、そういうことです。
決して長い付き合いを忘れていたわけじゃないよ…、
たまに段ボール箱を見て、いろいろ思い出して、ため息をついていたんだよ…
ようやく本題。
購入当時、すでにPCリサイクルのシステムが出来ていたので、dynabookの購入価格にはリサイクル料金が含まれていました。
そして今回、東芝のリサイクルセンターに連絡すると、一週間ほどで排出用のの宅配伝票(着払い)と手順書を送ってくれました。
あとはデータを消去し、丁寧に梱包して伝票を貼って集荷の連絡をするだけです。
ちなみにPC内のデータの消去について、リサイクルセンターは次のように言っています。
Q23:ハードディスクのデータは消去してもらえますか?
A23:データの扱いについてはお客様による管理が前提になります。お客様のデータは、お客様ご自身の責任において消去をお願いします。また回収後は物理的に破壊処理し復元できない状態になります。大切なデータはお客様によるバックアップおよびデータ消去をお願い致します。
8年ぶりにdynabookに灯を入れてみると、例の「チャラリラリラ〜」でXPが動き始め、全く普通に初期画面が立ち上がるではないですか。
前述のMacBookに乗り換えた時に必要なデータは移行済みだったので、躊躇なくDドライプを再フォーマットして、さらに全体を初期状態に戻す処理をします。
長い間、律儀に付き合ってくれた旧友への最後の礼儀というところですね。
書き始めたら色々なことが思い出されて、ずいぶん情緒的な文章になってしまいました。
このご時世ですからおそらく分別解体されて、使える部品や希少金属などは、それなりに再利用されるのでしょう。
筆者が初めて手にした自分専用のパソコンであり、勉強や遊びを通して世界を広げてくれたり、時にはストレスの吐口にもなってくれたものを手放すのは、とても感慨深いし名残惜しいです。
ということで、最後はやはりこの言葉で。
ありがとう。長い間お疲れ様でした。