最近読んだ本_2018/05

早いもので明日から6月です。今週に入って空気が一気に湿っぽくなったので、間もなく関東地方にも梅雨入りが宣言されるでしょう。

身辺では、あちこちで紫陽花の花が盛りを迎えています。花の色や形にたくさんのバリエーションがあってきれいですね。

そんな中、5月は3冊。何度も読み返しているお気に入りの”あの本”も久々に引っ張り出してみました。思い入れがあるのでやたら長い書評になりましたが、根気よくお付き合いください(笑)。

 

山本甲士「 ひなた弁当(中公文庫) 」★★★★☆
 会社の方針で理不尽なリストラを受けたサラリーマン芦溝良郎。退職後しばらくは傷心の日々だったが、自分と家族のために職探しをする中で閃いたアイデアは、身の回りの雑草や川魚など自然の食材を生かした「ひなた弁当」を作って販売することだった。
 リストラという暗めのテーマに加えて社員同士の足の引っ張り合い、妻からのプレッシャーなど前半は読むのが辛かったが、目標が決まった後は周囲に助けられながら徐々に元気と生きがいを取り戻す芦澤がいい。自然食材を使った料理の描写も実際に食べたくなるようなリアルさだ。
 深みには欠けるが温かみやホッとするところがあり、他人様にお勧めしたくなる小説だった。

 

荻原浩「千年樹 (集英社文庫)」★★★★☆
 敵に追われ逃げ延びようとする国司の親子が険しい山中で力尽き、儚くも命果てた子供の口からは最後に与えられたクスの実がこぼれ落ちる。やがて根付いたそれは樹高○mを越す巨木に育ち、いつの頃からか「ことり(子盗り)の木」と呼ばれるようになった。
 本作は、その巨木、千年樹と関わる人々を描く連作短編集だ。8章各々には、悠久の時間の中で巨木と縁を結んだ人々の過去と現在が合わせ鏡のように織り込まれ、各章相互もまた千年樹の見えない力に絡め取られるように繋がって行く。
 多くの章で人間の負の側面、狡さ、小ささ、愚かさなど胸の苦しくなるような話が展開するが、「バァバの階段」では唯一ホロっと泣かされる。どちらが本当の著者なのか考えても意味はない。諸々包含しながら巨木のようにいろいろな方向に枝を広げて行くのが著者の真骨頂なのだから。

 

広瀬正「マイナス・ゼロ (集英社文庫)」★★★★★+★
 第64回直木賞候補にもなった本書は、知る人ぞ知るSF作家広瀬正氏の代表作であり、何を隠そう個人的に再読回数のトップを誇る大大大好きな作品なのだ。
 広瀬氏は、私の実父と同じ1924(大正13)年生まれながら、クラシックカーのモデル製作においては世界レベルの仕事をし、その一方で音楽を愛しジャズを愛しサックスを吹き、一時期は自らのバンドで全国的に名を馳せるなど、当時としては相当モダンな方だったようだ。
 その後、SF作家としてデビューし直木賞候補に何度か名を連ね、ようやく人気が出てきた矢先に突然の心臓発作により47歳でこの世を去る。このあたりが不遇の作家といわれる所以だろう。
 タイムトラベルものの本作は、氏の代表作にして現在に至るまで最も高く評価されている作品だ。
 主人公の浜田俊夫と幼馴染の伊沢啓子は、未来から来たとされるタイムマシンに乗って昭和38年を起点(マイナス・ゼロ)として昭和7年から現在までをまるで永遠のループに嵌ってしまったかのように行き来する。
 その節目節目で描かれる昭和初期から戦中戦後の東京の街中や人々の情景が、よくぞここまでと思うほど緻密に描かれ素敵だ。これは、細かな部品を積み上げるモデル製作が得意で細部にとことんこだわった氏の一側面だろう。
 登場する当時の人々がまた人間臭くて良い。
 まず、俊夫と啓子の恋愛模様は、時代により心のユレはあるものの最初から最後まで一貫して物語の大きな軸になっている。タイムマシンを使ったことで生じるパラドックスに二人はどう折り合いを付けるのか。このあたりが本作一番の醍醐味だ。
 そして、ちょっとした目論見違いから昭和7年の世田谷に取り残され近所のとび職(カシラ)の家に転がり込む俊夫だが、義理と人情に篤いカシラ一家は、突然やってきた見ず知らずの風変わりな男を無条件で迎え入れ居候させる。
 飲兵衛だが気風の良いカシラ、一家をまとめるおかみさん、しっかり者の長男タカシ、わんぱく盛りの末っ子オヤブンほか、登場するのは愛すべき人物ばかり。
 そう、この小説に出てくる人物に悪人はおらず、皆が皆善人なのだ。このあたりにも広瀬氏の人柄が良くにじみ出ていると思う。また、全編を通して感じられる上品かつトボけたユーモア感覚もそうだ。
 ある日、俊夫に突然届いた召集令状を握りしめたカシラが「だんな、だんな、だんな!」と部屋に飛び込んで来る。その時、持ち金を全部使い果たして一文無しになり意気消沈しているはずの俊夫だったが、「なんだ、なんだ、なんだ!」とノリノリのユーモアで返す。
 まるで漫才のボケとツッコミである。
 さて、以前にも書いたことがあるが、私はSF小説のタイムトラベルものを読むと、そこに「神の視点」を感じてしまう。人間の一生などちり芥でしかない久遠の時間、過去から未来へと続く永劫なる時の流れ、そこに現れては消えてゆく数多の、いや無限とも言える出来事の数々。それらを俯瞰し受容できるのは人を超えた存在のみと考えているからだろう。
 本作は、その神の視点に加えて本格時間旅行SFの精緻さと人の温か味を感じさせてくれる私にとってはかけがえのない作品だ。今にして思えば、感覚が鋭敏で時間のある若いうちに出会えて本当にラッキーだった。
 長くなったので、まとめに代えて拙いアンサー・ストーリーを…
 戦後二度目のオリンピックが終わり新元号も定着して世の中が落ち着きを取り戻した20xx年頃。東京の片隅に手垢にまみれてボロボロになった一冊の文庫本を手放さないむさ苦しい老人がいた。
 老人には独り言の癖があり、「ヤンキーに借りたマシン88mphがミソでな」、「ケツの青い昭和のワシにこれを読めと勧めたがヤな顔しおった」などと訳の分からない話が辛うじて聴き取れたという。
 近所の人たちは、なるべく関わりたくない風情で 「あの老人宅には見たことのない銀色の車が置いてある」、「薄汚れた文庫本には、マイナスなんとかというタイトルが打ってある」などと語る。
 そう言えば、私が20代の後半頃だっただろうか。変なジイさんが変な車で突然訪ねて来て、何かブツブツ言うだけ言って帰って行ったのをボンヤリ覚えている。
 何と言って帰ったかは忘れてしまった。
 なにせ夢の中の夢のような遠い昔の記憶だから・・・

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